設立20周年記念祝賀会 社長挨拶の様子
(生い立ち)
私、中野文治は、北九州小倉の創業110年を超える駅弁屋の次男坊として、1947年に生まれました。大学4年在学中に予期せぬ出来事に遭遇したのです。それは、その当時この世でもっとも大切な存在であった、母を失ってしまったことです。すでに父は私が6歳のとき他界しておりましたので、私の人生の中では、あまり父の存在はありませんでした。その上、父は東京からの養子でした。
22歳で社会人となりましたが、前年に母を失ったことで将来不安にかられ、それから16年3ヶ月家業の駅弁屋を手伝っていました。シガナイ次男坊であり、やがては離れていかなければいけない身でありましたがずるずると時が過ぎていきました。
このままではいけないと一念発起して、単身博多へ乗り込み、1986年8月、38歳でミスタードーナツ(以後MD)福岡中洲店で独立開業しました。しかしながら当時7800万円の投資金がなく、ファミリー所有の不動産を担保にして、ファミリー会社でスタートしました。
2年後福岡長丘店を開業、さらに一年後、私が家業と別離したにもかかわらず、「何故いまだにファミリー会社での経営なのか・・」という疑問を抱くようになりました。このままでは、なんら独立した意味がないことに気付いたのです。その後、兄弟と話合いを重ね、1990年2月6日BUNコーポレーションを設立、その年4月10日MD2店の営業権を5500万円で買取り再スタートしたのです。
(創業時の思い出)
ところでBUNコーポレーションの名付け親は、私がMDと出会いがきっかけでご縁ができました千葉さんです。MD日本の育ての親という人物で、私の商売の師とも言うべき人です。後に株式会社ダスキンの社長も歴任されました。
設立時は中洲店の5階にわずか2.5坪の事務所で一人事務処理をしており、当時は社員3名でした。月末に整理する貸借対照表はなかなかあわずいつも苦労をしていたのが、昨日のように思い出されます。3年後に本社移転し2.5坪から18坪、さらに現在は36坪になりました。
(創業から10年間は)
創業から10年間は頭から足の先までMD、MDで中洲店を超える売上の店を作りたいとの一念でどんどんMD出店をしていきました。会社を大きくしたい、一人でも多くの従業員に店主・店長という立場のチャンスを提供したい、また社員の将来のことを考え「びっくりドンキー事業」の加盟もさせていだき、今では九州で一番多くの店舗数を持つ加盟店にもなることができました。
(設立10周年)
2000年4月にはBUN設立10周年を迎えました。このときに企業理念を策定したり、マスコットキャラクター「Bchan」も作りました。また社員とその家族みんなでオーストラリア記念海外旅行にも出かけました。
(10年から20年にかけて)
10年から20年目の10年間はミスタードーナツ、びっくりドンキーに続く第3のコアビジネスを探す旅をしていたようです。我社を支える屋台骨を三本で支えること、即ちどんな時代が来ても、より安定した経営基盤の確立をしたいという思いからでした。
中華事業、ラケル事業、カフェクロワッサン事業、ペッパーランチ事業、ザ・どん事業、トゥルグリーン事業など積極果敢に導入しましたが、いずれも「帯に短し、たすきに長し」と、いったところでした。
ちょうど15周年を迎えたとき、博多税務署より「優良企業法人」として、表敬状をいただきました。これは創業以来全社員一丸となって、真面目に一生懸命に企業経営に取り組み、納税義務を怠らないことの証であります。
(20周年を迎えた今)
昨年より、我社は石窯パン工房の出店展開を計っています。約1年間社内検討を重ね、矢次早に2店舗開店したところです。今のところとても好調に推移しております。しかしながら、この事業はFCビジネスではなく、オリジナルビジネスで、すべて我社の思いのままに展開できます。反面それだけに政策決定が大変です。全ては自己責任の世界ですがそれだけにやりがいもあります。いまやっと我社が求め続けた第3のコアビジネスが見つかったかなとも感じています。
24年前わずか4名でスタートした会社が今は社員66名、パート・アルバイトさんは600名強にまでなり、28営業店を有するメガフランチャイジーに成長しましたが過去を振り返ると11店舗もクローズ、「よく会社が生き残ったもんだ」と、いうのが素直な実感です。
お客さま、従業員とその家族、取引先、FC本部の皆様にはお礼申し上げます。諸行無常は仏教の根本思想でありますが、この世は常に移り変わり、不変なものはないのです。企業理念に於ける最重要課題は、「存続」であることは言うに及びません。その為には我社が変えるものは、業種、業態であり、変えてはならないものは企業理念です。「心はいつも青春創業。」夢・情熱・勇気・挑戦を私が自ら失ったとき、私はこのBUNコーポレーションから退場しなければならないといつも思っています。
我社は存続する限り永遠に挑戦し続けます。社員の皆様、20周年の良き日にあたりより一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。
2009年4月15日 18:10 小倉北区欧州館「癒しの館」にて 中野 文治)
社長挨拶の後、シャンパンで乾杯
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